門前の茶坊主のブログ

法務界隈に巣くうメディア関係者の独り言です

関係者によると…日経弁護士ランキングの研究 

本記事は裏 法務系 Advent Calendar 2024のエントリーです。
Lisa Kitadaiさんからバトンを受け取りました。

 

【関係者によると】

新聞記事の中で時々、「関係者によると」という言葉が出てきます。記者がニュースソースを明かせない時に使われる表現で、その曖昧さゆえに、たびたびマスコミ批判の対象のポイントにもなります。ただ機微に触れる情報を伝える際には非常に便利な言葉でもあります。今回私が書かせていただくのは駄文ではありますが、身分を明かすと言いにくいこともございますので、あえてこの「関係者」という立場で書かせていただければ幸いです。

 

12月になると、日本経済新聞が毎年「今年活躍した弁護士ランキング」というものを発表します。企画趣旨やその内容について様々なご意見があることは承知しておりますが、特に企業法務系の弁護士や法律事務所からの注目度は高いと思います。ここ数年、ランキングについて「お金で順位が買えるのではないか」とか「大手事務所にフレンドリーな内容になっているのではないか」などの誤解がネット上などで散見されます。

こうした事態は「関係者」として非常に心をいためておるところでありまして、ちょうどアドベントカレンダーの「裏」に空きを見つけましたので、誤解を解くよい機会と思い初めてエントリーさせていただきました。

 

ちなみに、関係者によると、今年の弁護士ランキングは日経電子版で12月13日(金)5時から順次公開、紙面は日経の16日(月)朝刊の法税務面から発表になります。

Xで「日経法務・税務取材チーム」のアカウント(@nikkei_legal)をフォローすると、続報や関連記事が公開になるタイミングを知ることができます。

 

 

【ランキングのはじまり】

日経がいわゆる「弁護士ランキング」を始めたのは、2005年12月です。「企業法務・弁護士アンケート」という名称で、「今年活躍した弁護士」をランキングしています。企業と弁護士に聞いたランキングをそれぞれ掲載し、この時の「弁護士が選ぶ05年弁護士ランキング」の1位は長島大野の藤縄憲一氏(現在は同事務所のシニア・カウンセル)、「企業が選ぶ弁護士ランキング」の1位は武井一浩氏でした。武井氏の所属事務所が、「西村ときわ法律事務所」となっているところに、時代を感じます。西村ときわは、その後、07年にあさひ法律事務所の国際部門と統合し、西村あさひ法律事務所になりました。

 

弁護士ランキングの始まりは、日経が「法務報道部」という企業法務やビジネス関連の法令・ルールについて専門的に報道する部署を新設したことと深く関係しています。ちょうどこの頃、日経社内でビジネス法務に関する専門的な取材の必要性が深く認識されるようになったようです。青色発光ダイオードの発明を巡る東京地裁判決やライブドアによるニッポン放送に対する敵対的買収事件などが立て続けに社会の耳目を集め、法的な専門知識を持った記者によるチームを持つという機運が高まったといわれています。

 

この法務報道部は、日経社内の組織改編によって現在は存在しません(そもそも日経の編集担当の中で、「部」という名称がなくなっており、担当分野ごとに「ユニット」とか「グループ」という名前になっています)。ただ企業法務などを専門的に報道するチーム自体はメンバーを少しずつ入れ替わりながら存続しており、現在も6~7人程度の構成で毎週月曜日の朝刊にある「法税務面」を担当したり、大きな経済ニュースやM&A、企業不祥事などの際の解説記事を担当したりしています。

 

中村直人氏の覇権】

当初のランキングは現在のように部門別に別れておらず、「弁護士が選ぶランキング」と「企業が選ぶランキング」の2種類でした。その後、「企業法務部門」と「知財部門」や、「企業法務部門」と「ファイナンス部門」に分けるなど、模索が続きます。

 

その後、2009年から「企業法務部門」を含む3部門によるランキングというスタイルが定着しました。その後、2021年まで、ほとんどこの形式が続きます。ちなみに2009年は、「企業法務」「事業再生・倒産法」「労務」の3部門、2011年は「企業法務」「危機管理」「外国法」でした。なぜか2010年は、「企業法務」と「外国法」の2部門のランキングになっているのですが、なぜいったん2部門に減って再び3部門に戻ったのかの経緯は不明です。

 

今や企業法務のレジェンド的存在の中村直人弁護士が初めてランキング首位に立ったのは、2012年でした。中村氏はその後、10年連続で企業法務部門の首位を守りました。ちなみに2012年の2位以下の顔ぶれをみると、太田洋氏(2位)、武井一浩氏(3位)と、現在でもランキング上位にみられる名前が並んでいます。

 

2012年以降の企業法務分野のランキングをみていくと、トップ3は以下のように変遷しています。

 

  2012年~現在の 弁護士ランキング(企業法務分野)ベスト3
1位 2位 3位
2012 中村直人 太田洋 武井一
2013 中村直人 太田洋、木目田裕  
2014 中村直人 太田洋 武井一
2015 中村直人 太田洋 野村晋右
2016 中村直人 野村晋右、沢口実  
2017 中村直人 太田洋 野村晋右
2018 中村直人 太田洋 野村晋右
2019 中村直人 太田洋 野村晋右
2020 中村直人 野村晋右 倉橋雄作、太田洋、柳田一宏
2021 中村直人 太田洋 柳田一宏、倉橋雄作
2022 太田洋 倉橋雄作 中村直人
2023 太田洋 中村直人 倉橋雄作

 

中村氏・太田氏の強さが際立つランキングの推移となっております。ただ、その強さゆえに編集サイドには「マンネリ感」との戦いもあったようです。

 

例えば長らく新聞紙面での分野・部門別のランキングの掲載順は、メインの「企業法務」が一番上で、毎年ごとに変える他の2分野が続くというスタイルをとっていたのですが、21年は「税務」を一番上にもってきて「企業法務」を3番目に掲載するなど、少しでも紙面に変化をつけようとする苦労がうかがえます。

 

ただ中村氏、太田氏の強さ、評価の高さについては、編集サイドでも納得の結果であったという印象です。ともに弁護士としての実力の高さを疑う声はほとんどないと思いますが、なによりもお二人とも話が分かりやすくて明確です。依頼した企業の担当者が信頼を寄せるのもわかります。

 

【2種類のランキング】

実は日経の弁護士ランキングには2種類あります。企業からの票だけを集計した「企業が選ぶ弁護士ランキング」と、企業票に弁護士からの票も合わせた「総合ランキング」です。そして日経の紙面や電子版では現在、このうち「企業が選ぶ弁護士ランキング」のほうをメインとして扱っています。

 

なぜ日経が「企業が選ぶ弁護士ランキング」のほうを重視しているかというと、こちらのランキングでは法律事務所による組織票の影響が排除されていると考えられているためです。より純粋に、その弁護士に対する評価が反映されたランキングとみなされています。

 

実は2011年ごろまでは、日経は基本的に「総合ランキング」しか作成していませんでした。ところが上位に名を連ねる弁護士の中に、企業からの票が非常に少ない一方で、自分が所属する法律事務所の弁護士からの票を大量に集める例が散見されるようになりました。編集サイドでも「公正なランキングといえるのか」という悩みが深まったといいます。様々な議論の末、ランキングを2種類に分けたうえで「企業が選ぶ」ランキングを、より価値が高いものとして扱うという現在の形に落ち着いたとされています。

 

この「組織票」の影響排除は、日経弁護士ランキングが宿命的に抱える課題です。現在でも毎年のように内部で議論になり、アンケート表を配る際の注意喚起を工夫したり、一定の条件に抵触した場合には無効票にしたりするなどの工夫を重ねています。

 

中には「いっそのこと、同じ事務所の弁護士への投票を禁じたらいいのではないか」や「同じ事務所からの投票は、0・5票にカウントしたらいいのではないか」などのアイデアも出ていたようですが、いずれも見送られています。同じ事務所だからこそ、その弁護士の実力がよく把握できているというポジティブな側面もあるなどの理由からです。ただ、このあたりは今後も引き続き、内部で議論されるところだと思われます。

 

【ランキングの拡大】

2021年にランキングは転機を迎えました。「事務所別ランキング」と「法務に強い」企業ランキングの導入です。ランキングを担当している編集メンバーが一部変わり、「もっと攻めたランキングにできないか」という機運が高まったことが背景にあります。

 

この21年以降、弁護士ランキングはマイナーチェンジを繰り返しています。22年には弁護士ランキングの対象分野を、3分野から5分野に拡大。投票権のある弁護士の数も、それまでの150人から250人へと大幅に増やされました。23年には「スタートアップが頼る弁護士」という別カテゴリーも登場しました。

 

24年2月には、日経が主催する企業法務のイベント「日経リーガルサミット2024」で担当デスクが解説セッションを行うなど、弁護士ランキングの打ち出し方もやや派手になっている傾向があります。

 

ランキングの順位にも変化が出てきました。2022年に、企業法務分野で初めて太田洋氏が1位となり、翌23年も連覇しました。太田氏は、中村氏が10年連続首位だった期間で実に8回も2位になっていた経緯があるため、「悲願達成」ともいえるでしょうか。特にここ数年は、アクティビスト対応など太田氏が得意とする分野での法務需要が増えており、追い風になった面もあるかもしれません。

 

【批判と課題】

日経弁護士ランキングに対する批判や課題について触れておきたいと思います。まずは「投票権」の問題です。ランキングは主要企業と弁護士へのアンケート調査をもとに作成されていますが、アンケート票の送付先は現在、企業が約530社、弁護士が250人となっています。

 

企業は、日経500種平均株価の構成企業をベースとし、非上場の主要企業を加えてアンケート対象としています。主に法務担当者に回答を求め、毎年の回答率は4割程度です。回答企業一覧も日経が紙面などで公表しています。

 

一方、弁護士のほうは22年以降は250人としており、日経は対象者の名前を公表していません。「主に企業法務に携わり、活躍が目立つ250人」や「企業法務を専門とする有力な弁護士」などといった表現にとどめています。

 

ランキング初期のころは大手法律事務所にヒアリングするなどして、「有力な弁護士」のリストを作り、それをもとにアンケート票の送付対象者を決めていたようです。徐々に日経側にもノウハウがたまったため、独自に選定するようになりました。顔ぶれは毎年固定ではなく、その年の分野別ランキングの内容に応じて一部が入れ替わっています。

 

例えば「危機管理」のランキングが含まれている年は、不正対応などに詳しい弁護士が多めに「投票権がある弁護士のリスト」に加わります。「税務」や「知財」などを含む時には、それぞれの専門の弁護士の人数が増えるといった具合です。250人のうち、数十人が毎年入れ替わるイメージかと思われます。

 

日経には「なぜ弊事務所には投票権のある弁護士が少ないのか」などの問い合わせ(クレーム?)がたまに寄せられます。ですが、基本的には事務所の規模に応じて投票権のある弁護士の数が割り振られているのが実情です。かつて「4大事務所に投票権が偏っている」という指摘があり、日経側で人数配分を見直したこともあります。

 

「ランキングに載るには、お金がいる」という誤解も、たまにネット上などで指摘されます。これは完全にデマです。お金どころか、組織票の排除に躍起になっているという実情を広く知っていただきたいというのが正直なところです。

 

海外では弁護士の格付けやランキングのようなものが非常に多くあり、中にはエントリーにお金がかかるものもみられます。日経弁護士ランキングについての誤解もそのあたりから来ているのかもしれないとは思いますが、ランキングはお金では買えない仕組みになっております。

 

そもそも人気投票形式のランキング自体への批判も、たまに聞かれるところです。私自身、普段、弁護士さんとお話をしていると「正直言って、自分の専門分野以外では、どの弁護士が活躍しているのか、よく知らない」といった声を聞くこともありますし、「●●弁護士は全然実力がないくせにランキング上位なのはおかしいのではないか」と、ほぼ悪口のようなご意見を聞くこともあります。「ランキング自体に意味がないので、もう止めたらいい」と公言される方もいらっしゃいます。

 

実際、チェンバーズやLegal500、FTなど海外の有名な弁護士格付けの大半は、選考委員会が各方面にヒアリングなどをして選ぶというものです。ただ、日経サイドは「選考委員会の主観ではなく、純粋に投票数で決めるランキングの価値もある」という姿勢を維持しております。ここは考え方の違いというほかないかもしれません。

 

【今後のランキングの行方】

ここ数年続いたランキング規模の拡大路線ですが、そろそろ一服するかと思われます。しばらくは5分野の個人ランキング、事務所別ランキング、弁護士に聞く「法務力が高い企業ランキング」の3本柱が続くものとみられます。ただ、事務所別ランキングと企業ランキングについては、個人ランキングに比べて、その精度に課題もあると思われます。集計方法などの工夫が求められるかもしれません。

 

例えば、投票権を持つ対象を、企業の法務担当者と企業法務の弁護士以外にも拡大するというアイデアも内部で議論されています。法律系雑誌の編集部の方や裁判官などからも投票できるようにすると、より精度の高いランキングになるのではないかという発想です。(さすがに裁判官からの投票は難しいと思われますが)

 

実現可能性を度外視したアイデアとしては、「ワースト弁護士ランキング」というものもあります。弁護士としての知名度と実力に乖離(かいり)がある方、業界内で「あの先生のあの案件の対応は、まずかったのではないか」とささやかれている事例などは、たまにみかけるところです。顧客企業にとっても、ワースト弁護士ランキングの情報価値は非常に高そうですが、名誉毀損で訴えられるリスクも極めて高いかと思われます。日経として展開するのは絶対に無理でしょう。

 

この「ワースト弁護士ランキング」について、いつか個人的にゲリラ的にでもやってみたいと野望を膨らませつつ、今回のエントリーを締めくくりたいと思います。

そして「関係者」として、今年の弁護士ランキングも注目していただければ幸いです。ありがとうございました。